メルウ・エルウの棘の少女

・メルウ・エルウの棘の少女

個展の表題の作品です。
メルウ・エルウは造語で、意味というのはわたしの中での『少女であるもの』という感じです。
たとえば少女性として連想しやすい『アリス』に程近くも、それより少し『痛々しく』、を念頭に置いています。
少女のお人形ばかりを作っているので、『少女』とは何だろう。何であって欲しいのだろう、と考えます。

某漫画作品でもありましたが人形師が至高の少女である『アリス』を作ろうとする-----その中では7体ほどのドールが出てきます。誰が『至高の少女』に至るのか。そもそも『至高』とは何か。
わたしは同じようなデザインのもの、類似性があるものは作ってますが、基本的には量産された人形は作りたくないなと思っていて、どこかでそういう『アリス』を求めている気持ちがあるのだろうと思っています。
ですが、作っているわたしも、お迎えしてくださる方々も、ほぼみんな『大人』です。性別関係なく、もう『少女』ではありません。(中には少女のときにわたしのお人形を受け取ってくれる稀有な子もいらっしゃるかも)

それをひっくるめた上での『少女であるもの』を、今回のテーマにしています。そしてそれは『棘』のようなもので、きっと痛い。
、、、
だからどこかに棘が刺さっても生きていくし、この人形は魔女の姿をしているのかもしれません。



・ナイチンゲールの薔薇の棘

対になるドールです。
オスカー・ワイルド作『ナイチンゲールと薔薇‘The Nightingale and the Rose’』からとっています。
救いがないのですが、うつくしい話だと最初に呼んだ時に思いました。
(薔薇といえば、この話と詩人リルケの死の原因となった薔薇の棘が浮かびます)
全部引き換えてしまえるような存在は、純真で無垢で至高でしょうか。
その棘で死んでしまえるのだとしたら、それは対の『少女』だと思います。でも。
『ナイチンゲールと薔薇』の物語がそうであるように、想った分だけ相手に届くというわけではありません。
完全に独りよがりだったりするかもしれない。全く報われはしないかも。そういった結末を暗示しています。




・白薔薇を取り戻すという思い出
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モチーフはハンス・クリスチャン・アンデルセン作・『野の白鳥』です。
白鳥になる呪いをかけられた十一人の兄王子を救うため、一言も喋らず、刺草で帷子を編み続け、王に見初められて結婚するも、魔女だと疑われ、処刑されそうになる話…といえばわかる方もいるでしょうか。『白鳥の王子』とも言われますね。
今回は赤い薔薇を主軸に置いているので、とてもわかりにくいですが。
誰かの呪いを解くために自分が傷ついても必死なお姫様。
大人になって読み返した『野の白鳥』では、最後に兄王子たちの呪いが解けるのですが、少し時間が足らず、一番末の兄王子だけ片腕が羽のままだというのが、わりと後味が微妙な結末でした。
そういうものを踏まえて、ナイチンゲールの心臓の血で染まった赤い薔薇は、刺草を紡ぎあげることが出来たのなら元の白い薔薇に戻るのだろうかというお話です。
もし白薔薇を取り戻せても、ナイチンゲールの引き換えにしたこころやいのちは取り戻せない……のだとしたら、取り戻したいと必死になっていたのは何のため?



・青い鳥籠姫の憂鬱
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以前、モーリス・メーテルリンク作の『青い鳥』をモチーフにしてドールを作ったとき、そこに添えた詩は『もういなくても大丈夫。(わたしの中にあの鳥はいる)』と言ったものでした。
覚えていてくださった方もいらっしゃって大変感激したのですが、今回はそのときとほぼ真逆に近くなっています。
『此処にいたんだ(わたしの中にいる)』ということで感じた安堵と確かな幸福から、今回は『此処にいた』のが答えなら、此処以外の(わたしの中以外の)この世界の何処を探しても『青い鳥』はいないのだという憂鬱です。
こじつけに思えたり、面倒臭いなと感じたりと受け取り方はそれぞれになってしまうと思うのですが、今回の流れで行くと『したことに対して報われるのか』という側面があるのでこうなったとも言えます。
今以上の幸福は絶対何処かにあって欲しい。見つけられるかは別にして。-----それはやっぱり身近にもう既にあるものかもしれないけれど。わたしの中に在るものに、いつかはなるのかもしれないけれど。



・赤い靴の終わり方
ハンス・クリスチャン・アンデルセン作『赤い靴』がモチーフです。
両足を切断してもらうという衝撃の展開がある童話で、このドールはその中の部分要素を切り取って混ぜたものです。
(翻訳でいろいろヴァージョンはありますが、話の中では葬儀に赤い靴を履いたのは冒頭で、教会に赤い靴を履いていったことで老兵に呪いの言葉をかけられますし、ずっと踊り出してしまうのは養母の看病で舞踏会に行けないけれど、靴だけでもと履いてしまったからです)
グラスドームに入るドールの基準が何なのかわからないな、と思われる方も多いと思います。
この子は喪服に赤い靴という設定なので、ドレスもドームに入っていない子の方が煌びやかだったりしていたと思います。
履いてはいけないと禁じられた場所に、履きたいから履いていった少女----の罪と罰と救済は童話で描かれていますが、『それでもいい』、好きなことは間違っててもずっと好きでいたいんだよ、したいことをするんだよ、というのが、このドールになります。
わたしの中ではひどく『ナイチンゲールと薔薇』に近い気持ちで作りました。なのでグラスドーム入りに選んでいます。


・セントジョーンズワートの少女

セントジョーンズワートは黄色い花です。西洋弟切草とも言います。
夏至のときに収穫されるとか、冠にして踊るという話で知っている方もいるでしょうか。薬草としても有名ですね。
見えにくいですが、黄色のビーズをわりと細かいところまで縫い付けています。
この花にある赤黒い点は、聖ヨハネの首を刎ねたときの血だとも言われています。
夏に死んだ草花で作った花冠をかぶって『やっとお姫様になれた』ことを遺書に書く。
(ここでの『お姫様』が意味するのは、『メルウ・エルウ』という総称でもあります。『お姫様』だった場合の)
そんなことを思う日がもし来たのなら遺書に書いただろう、という夏至の日差しの濃い影がこびりついたような、そんな物語です。




・それもまた妖精の果て
前回の個展から続いていながら、今回の個展で唯一の妖精です。
髪の毛はあえて短く、レースのドレスに縫い付けているオーガンジーの花を青色に染めています。
フォトブックの方では見開きで掌にのせている写真を使用したのですが、以前にも上記でも使っている『それが叶うのなら、綺麗だとかうつくしいとか、そういうものでなくなったっていいんだよ』という類型の一つです。



・墓守のメルウ・エルウ

リバティプリント生地を使用しているお人形です。三つ編みにフードを被っています。
物語を終えた後の人生に思いを馳せる。何かのために自分を捧げてしまう生き方も、逆に何も渡さない生き方も、奪わずにはいられなかった生き方も、あるいは誰かに与えられて受け取り続けた生き方も、
全部終わった後。
樹海の魚は自由になった魂で、それを見送り続けてきたけれど、いつかは自分も同じように泳ぐことができたら。





・ロートケプヒェンの初恋

今までありそうでなかった気がする『赤ずきん』です。
いろいろな暗喩がある物語で、『赤ずきん』は一度、狼に食べられてしまいますが。
童話の中で狼はおばあさんも赤ずきんのことも平等に食べてくれますよね。
でも狼が必ず『赤ずきん』のことも食べてくれるとは限らないかも。
もし食べられなかったとしたら、その理由は何だったのか。
『綺麗に死ななくちゃ食べてももらえない』の詳細は、もしかしたらまたどこかで使うかもしれないので明記は避けますが、わりとそのままの意味として使っています。


・それが、アリスが好きなお菓子

この『不思議の国のアリス』モチーフは以前にも何度か作っているので、グラスドームに入れた理由としては、『メルウ・エルウ』という造語の世界の中にわかりやすい『アリス』というドールを入れたかったからです。
詩もそういう内容です。
『花嫁』も『少女』も『メルウ・エルウ』の中に含んで作っていますが、わたしたちが『どちらが好き?』と改めて問われたら、心の中では、どちらも好きだったとしても、一瞬だけは『どちら』かを選んでしまっているかも。
だからこそ、この問いの役目は『アリス』かなと。



もう一つ、瓶に入った色違いのピンク色の『アリス』も作りました。
年を重ねて、いくつになっても好きなメイクをして好きな髪型をして、好きな服を着ればいい。
世界で一番きらきらしてる宝石みたいに『そう』である答えをもう持ってはいるはずなのですが。
かなしいかな、鏡を見ると、ああもう似合わないな〜…なんて思ってしまう時ってあります。
そういうことを呟くと、そんなことないよと言ってくれる人はいるかもしれないけれど。(心からそう言ってくれる人はありがとう)
もちろんこれは一例で、たとえとして使っただけですが。でもどんなことでも最後は。
いつまでも『好きなもの』を『好きでいる』ことが出来たとして、その距離感や方法などは自分で決めたいな、という気持ちです。
『アリス』でいることも、そうではなくなることも。もう一度『アリス』になることも。わたしたちにとっての『アリス』をうむことも。




〜以上が、今回の個展でグラスドームなどに入った、最終日まで展示させていただいた作品となります。



・その他のドール
今回はかつてないほどドールを作った気がするので、詩をつけた数も断トツ多く、全部を紹介するのは難しいので抜粋します。


この二つは眠り目なお人形です。一つは真っ白で、一つは紅茶染めに焦げあとをつけたりしました。
時の経過を感じさせないようにきれいなままで残ったもの、ぼろぼろになっていきつつも辛うじて残ったもの。
アンティークやヴィンテージなどの古いものに対する想いをそれぞれ詩にしています。
それでいて『メルウ・エルウの棘の少女』の〆に持ってきたものです。(わたしの中で、ですが)










『メルウ・エルウ』と名付けられた棘が、どうか見つかりますように。
願わくばそれが、わたしたちが自分で選んだ痛みでありますように。


日曜日に台風でお店がお休みになったりもしましたが
一週間という短い期間、またはその後の通販で全員お迎えしていただくことができました。
また別の物語でもご縁がありましたら幸いです。
ありがとうございました。
2018.9 えみんこ